表彰等

2022年度基礎研究賞

2022年度基礎研究賞の授与について

ソフトウェア科学分野の基礎研究において顕著な業績を挙げた研究者に対して, 基礎研究賞を授与しその功績を称える制度を2008年度に設けた. 15年目にあたる2022年度は, 以下の4名を選定した.
 

2022年度の基礎研究賞選定委員会の構成は次の通りであった.
高田広章(理事長), 河野健二(編集委員長),
井上克郎, 五十嵐健夫, 大須賀昭彦, 増原英彦, 丸山宏

 

小野寺 民也 氏 (日本IBM)

 
授賞業績: プログラミング言語の実装に関する研究
授賞理由:
小野寺民也氏は,プログラミング言語,特にオブジェクト指向言語の実装に関して国際的な研究成果を挙げている.オブジェクト指向の揺籃期においては,Cを拡張した新言語COBの設計と実装を牽引し,当時最先端の自動メモリ管理を装備した処理系の作成に成功した[1].さらに、Java仮想マシンの高速化の研究においては多くの国際論文を発表しており,特に同期機構の実装において革新的な高速化手法を複数考案し,IBM社の提供するすべての商用Java処理系において採用されるに至った[2,3].また,動的スクリプト言語の高速化の研究プロジェクトを立ち上げ,PHP言語を対象に,処理系の製作のみならず,言語仕様の明確化[4],ベンチマークの作成とそれによる評価[5]を行うなどいくつかの重要な成果を得た.このように常に実用システムにおいて先進的研究を実践する小野寺氏の活動は国際的にも高く評価され,2004年と2009年には米国計算機学会(ACM)のSIGPLANが主催する斯界最高峰の国際会議Programming Language Designand Implementationのプログラム委員を務め,2014年にはACM Distinguished Scientistに選出されている.以上の顕著な業績と貢献により,日本ソフトウェア科学会は,小野寺民也氏に基礎研究賞を授与することとした.
 
出典:
1. Tamiya Onodera, A generational and conservative copying collector for hybrid object-oriented languages, Software: Practice and Experience 23(10), 1077-1093, Wiley Online Library, 1993.
2. Tamiya Onodera and Kiyokuni Kawachiya, A study of locking objects with bimodal fields, OOPSLA 99 Proceedings of the 14th ACM SIGPLAN conference on Object-oriented programming, systems, languages, and applications 34(10), 223-237, ACM, 1999.
3. Tamiya Onodera, Kikyokuni Kawachiya and Akira Koseki, Lock reservation for Java reconsidered, ECOOP 2004 - Object-Oriented Programming, pp.559-583, Springer, 2004.
4. Akihiko Tozawa, Michiaki Tatsubori, Tamiya Onodera and Yasuhiko Minamide, Copy-on-Write in the PHP Language, Proceedings of the 36th ACM SIGPLAN-SIGACT Symposium on Principles of Programming Languages (POPL2009), Savannah, Georgia, USA, January 21-23, 2009, pp.200-212, ACM, 2009.
5. Scott Trent, Michiaki Tatsubori, Toyotaro Suzumura, Akihiko Tozawa, Tamiya Onodera, Performance Comparison of PHP and JSP as Serverside Scripting Languages, ACM/IFIP/USENIX 9th International Middleware Conference (Middleware 2008), Leuven, Belgium, December 1-5, 2008, pp. 164-182, Springer, 2008.

 

伊藤 貴之 氏 (お茶の水女子大学)

 
授賞業績: 情報可視化に関する研究
授賞理由:
伊藤貴之氏は情報可視化に関する研究に1990年代から携わっており,IEEE Transactionson Visualization and Computer Graphics(TVCG)およびIEEE Computer Graphics and Applications(CG&A)などの情報可視化分野のトップジャーナルに多くの論文(例:[1,2])が掲載されるなど,多くの優れた研究業績を挙げてきた.さらに伊藤氏は,同分野の国際会議であるIEEE Pacific Visualization,Visual Information Communication and Interaction(VINCI),Graph Drawingのgeneral chairをはじめとして著名国際会議の委員を多数務め,また,国内でも日本ソフトウェア科学会ISS研究会主査をはじめとして学会長や学会役員を多数担当しており,国内外における情報可視化分野の牽引役として多大なる貢献を果たしている.また,情報可視化に関する教科書や解説書(例:[3-6])を多く執筆し,さらに大学生・大学院生向けに卒論・修論の書き方,サーベイの方法などの指導文章を公開するなど,情報可視化分野を超えて日本の大学生・大学院生の研究教育にも大きな貢献を為している.以上の顕著な業績と貢献により,日本ソフトウェア科学会は,伊藤貴之氏に基礎研究賞を授与することとした. 
 
出典:
1. T. Itoh, and K. Koyamada, Automatic Isosurface Propagation by Using an Extrema Graph and Sorted Boundary Cell Lists, IEEE Transactions on Visualization and Computer Graphics, Vol.1, No.4, pp.319-327, 1995.
2. T. Itoh, K. Klein, Key-node-Separated Graph Clustering and Layout for Human Relationship Graph Visualization, IEEE Computer Graphics and Applications, Vol.35, No.6, pp.30-40, 2015.
3. 伊藤, CGとビジュアルコンピューティング入門, サイエンス社, ISBN 4-78191141-2, 2006.
4. 伊藤他,「シミュレーション辞典」, VII「可視化」,「情報可視化」, コロナ社, ISBN-978-4-339-02458-6, 2011.
5. 伊藤, 意思決定を助ける情報可視化技術̶―ビッグデータ・機械学習・VR/ARへの応用̶―, コロナ社, ISBN-978-4-339-02883-6, 2018.
6. K. Marriott, F. Schreiber, T. Dwyer, K. Klein, N. H. Riche, T. Itoh, W. Stuerzlinger, B. H. Thomas, Immersive Analytics, Springer, ISBN-978-3-03001388-2, 2018.

 

長谷川 真人 氏 (京都大学)

 
授賞業績: 圏論に基づくプログラム意味論
授賞理由:
長谷川真人氏は,プログラム意味論研究の第一人者である.長谷川氏は1997年に項グラフのモデルに関する研究で英エディンバラ大学博士号を授与された. (本博士論文は,その後SpringerのDistinguished Dissertationsシリーズから出版されている[1].)その後もETAPS 2001 Best Paper Awardを受賞した値呼び型付きプログラミング言語の不動点演算子の健全かつ完全な公理系に関する研究[2],限定継続の健全かつ完全な公理系の研究[3],λµ計算のパラメトリシティに関する研究[4]を行い,これらの成果は国際的にも広く認知されている.さらに長谷川氏は圏論的意味論に関する第一人者として知られており,その研究成果は圏論の有する一般性を活かして計算機科学の範疇である関数型言語の意味論に関する研究から数理論理学の意味論と絡み目やタングルの不変量の関係といった計算機科学と数理科学の境界に属する研究[5]まで広い範囲に及ぶ.また,第19回IBM科学賞 (2005年),科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞 (2008年) などの広範な分野の研究者を対象とする賞も受賞しており,対外的にも高く評価されている.以上の理由から,本会は長谷川氏に基礎研究賞を授与することとした.
 
出典:
1. Masahito Hasegawa. Models of Sharing Graphs: A Categorical Semantics of let and letrec. Distinguished Dissertations, Springer London, May 1999.
2. Masahito Hasegawa, Yoshihiko Kakutani. Axioms for Recursion in Call-by-Value. In Proceedings of the 4th International Conference on Foundations of Software Science and Computation Structures (FOSSACS 2001), pp.246-260 (ETAPS 2001 Best Paper Award), April 2001.
3. Yukiyoshi Kameyama, Masahito Hasegawa. A sound and complete axiomatization of delimited continuations. In Proceedings of the Eighth ACM SIGPLAN International Conference on Functional Programming (ICFP 2003), pp.177-188, August 2003.
4. Masahito Hasegawa. Relational Parametricity and Control. In Proceedings of the 20th IEEE Symposium on Logic in Computer Science (LICS 2005), pp.72-81, June 2005.
5. Masahito Hasegawa. A quantum double construction in Rel. Mathematical Structures in Computer Science, 22(4), pp.618-650, August 2012.

 

本位田 真一 氏 (早稲田大学)

 
授賞業績: オブジェクト指向分析・設計手法および先進的なモデリング技術に関する研究
授賞理由:
本位田真一氏は,ソフトウェア工学におけるモデリング技術,特にオブジェクト指向分析・設計に関して国際的な研究成果を挙げ,モデリング技術に関する社会人教育に対して多大な実績がある.本位田氏が提案したオブジェクト指向分析法[1]は,当時,産業界で注目されていたにも関わらず,明確な手順や分析の観点が整理されていなかったオブジェクト指向分析に対して,アクティビティとデータフローに分解する体系的な手法を示し,その後のオブジェクト指向分析法の発展に寄与した.さらに,それをリアルタイムシステムのためのオブジェクト指向設計[2]や柔軟性の高いエージェント指向プログラミングまで発展させ[3],ソフトウェアにおけるモデル駆動開発の先駆けとなった.そして,ソフトウェア工学分野において,200本を超える国際会議や国際ジャーナルの執筆など本分野の発展に大きく貢献した.さらに,モデリング技術の普及発展にも尽力し,オブジェクト指向システム開発(日経BP),オブジェクト指向分析・設計(共立出版)など10編以上の著訳書を出版するとともに,ソフトウェア技術者のためのモデリング技術を中心としたソフトウェア工学教育プログラム「トップエスイー」[4]において,2006年から現在までに700名以上先端的なモデリング技術を取得した修了生を輩出することで産業界にも大きく貢献している.その活動により,文部科学大臣表彰科学技術賞(2012年)や「情報化促進貢献個人等表彰」文部科学大臣賞(2016年)など多数受賞している.以上の顕著な業績と貢献により,日本ソフトウェア科学会は,本位田真一氏に基礎研究賞を授与することとした.
 
出典:
1. Shinichi Honiden, Nobuto Kotaka, Yoshinori Kishimoto: Formalizing Specification Modeling in OOA. IEEE Softw. 10(1): 54-66 (1993).
2. Shinichi Honiden, Kazuhiko Nishimura, Naoshi Uchihira, Kiyoshi Itoh: An Application of Artificial Intelligence to Object-Oriented Performance Design for Real-Time Systems. IEEE Trans. Software Eng. 20(11): 849-867 (1994).
3. Saeko Matsuura, Hironobu Kuruma, Shinichi Honiden: EVA: A Flexible Programming Method for Evolving Systems. IEEE Trans. Software Eng. 23(5): 296-313 (1997).
4. Shinichi Honiden, Yasuyuki Tahara, Nobukazu Yoshioka, Kenji Taguchi, Hironori Washizaki: TopSE: Educating Superarchitects Who Can Apply Software Engineering Tools to Practical Development in Japan. ICSE 2007: 708-718 (2007).