表彰等

2020年度基礎研究賞

2020年度基礎研究賞の授与について

ソフトウェア科学分野の基礎研究において顕著な業績を挙げた研究者に対して,基礎研究賞を授与しその功績を称える制度を2008年度に設けた.13年目にあたる2020年度は,以下の2名を選定した
 

2019年度の基礎研究賞選定委員会の構成は次の通りであった.
増原英彦(理事長)河野健二(編集委員長)
五十嵐健夫,井上克郎,大須賀昭彦,小林直樹,丸山宏


千葉 滋 氏(東京大学)

授賞業績: プログラミング言語,特にメタプログラミングに関する研究
授賞理由
千葉滋氏はオブジェクト指向言語,特にメタプログラミング機構を持つオブジェクト指向言語処理系に関して国際的な研究成果を挙げている.千葉氏が作成したOpenC++ [1] は,Common Lisp Object System (CLOS) などで用いられていたメタオブジェクトプロトコルの概念をC++ 言語で実現する方法を示したものである.そこで提唱されたコンパイル時自己反映計算という手法は,その後様々なプログラミング言語でも実践される先駆的なものであった.また Javassist [2] はコンパイル時自己反映計算を Java 言語のクラスロード時に発展させた処理系である.JavassistはJBoss フレームワークのアスペクトプログラミング機能の実現に用いられるなど,研究のための開発にとどまらず,広く使用されるソフトウェアとして普及させている.Javassistの業績はまたThe AITO Test of Time Winners for 2020を受賞するなど,国際的にも高く評価されている.
また,種々の国内外の会議の委員長や委員を務めるなど,プログラミング言語研究の第一任者として分野の発展に大きく寄与している.よって本会は千葉滋氏に基礎研究賞を授与することとした.

出典:
1. Shigeru Chiba: A Metaobject Protocol for C++.  In Proceedings of the ACM Conference on Object-Oriented Programming Systems, Languages, and Applications (OOPSLA), page 285-299, October 1995.
2. Shigeru Chiba: Load-time Structural Reflection in Java.  In Proceedings of the European Conference on Object-Oriented Programming (ECOOP), LNCS 1850, Springer Verlag, page 313-336, 2000.
 

増井 俊之 氏(慶應義塾大学)

授賞業績: ユーザインタフェースシステムおよび予測型日本語入力システムに関する研究
授賞理由
増井俊之氏は長年にわたりユーザインタフェースシステムの基本技術の研究を行なっており,研究成果の多くが社会で広く利用されている.増井氏が2003年に開発した予測型日本語入力システムは,ソニーの携帯電話で商品化された後,他社製品にも採用され日本において広く利用されている~[1,2,3].さらに,増井氏はSteve Jobs氏に招聘されて2006年から米国Apple Inc.に勤務し,iPhoneの「フリック入力システム」を開発した~[4].フリック入力はスマートフォンの日本語入力手法として人気を呼び,2021年現在,日本の携帯電話やスマートフォンの日本語入力のほぼすべてが増井氏の手法にもとづいているといえる.増井氏は現在慶應義塾大学に勤務しながら,Gyazo,Scrapbox,Helpfeelなどの有用なシステムを開発し,京都のベンチャー企業であるNotaInc.のCTOとしてサービスを提供している.増井氏はユーザインタフェースの研究者が議論を行なうためのワークショップ「WISS」(Workshop on Interactive Systems and Software)を1993年に設立した.WISSはソフトウェア科学会のワークショップとして毎年開催されており,ユーザインタフェース研究で最もアクティブな学会として知られている.他にも,増井氏は情報処理学会ヒューマンインタフェース研究会の主査及び情報処理学会の理事を務めるなど,この分野の発展に大きく貢献している.増井氏は学会論文以外
にも,200本を超える雑誌記事の執筆や,ユーザインタフェースにかかわる書籍の出版(光文社新書)などを通じて,新しいユーザインタフェースの考え方を世間に広めてきた.以上の顕著な業績と貢献により,日本ソフトウェア科学会は,増井俊之氏に基礎研究賞を授与することとした.

出典:
1. Toshiyuki Masui. An efficient text input method for pen-based computers. In Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI '98). 328335.
2. Toshiyuki Masui, POBox: An Efficient Text Input Method for Handheld and Ubiquitous Computers. In: Gellersen HW. (eds) Handheld and Ubiquitous Computing. HUC 1999. Lecture Notes in Computer Science,
vol 1707. Springer, Berlin, Heidelberg.
3. Toshiyuki Masui. Text input device and method. US Patent 5,959,629. 1999/9/28.
4. Deborah Eileen Goldsmith, Takumi Takano, Toshiyuki Masui, Leland Douglas Collins, Yasuo Kida, Ken Kocienda. Input methods for device having multi-language environment. US Patent 8,661,340. 2014/2/25.