表彰等
2016年度基礎研究賞
2016年度基礎研究賞の授与について
丸山 宏日本ソフトウェア科学会は,ソフトウェア科学分野の基礎研究において顕著な業績を挙げられた研究者に対して基礎研究賞を授与し,その功績を称える制度を 2008年度に設けました.基礎研究賞は毎年2件程度の業績を選定し,主要な貢献のあった研究者に賞状および副賞を授与するものです.第9回にあたる2016年度は2017年2月20日に開催された基礎研究賞選定委員会の審議結果を受け,同年3月16日の役員会において,2件の研究に基礎研究賞を授与することを決定いたしました.
選定委員会の構成は以下の通りです.
丸山宏(理事長),千葉滋(編集委員長),
大沢英一,筧捷彦,河野健二,中島秀之,二木厚吉
佐々政孝氏(東京工業大学名誉教授)
授賞業績: コンパイラの基礎研究-最適化を中心として
授賞理由
佐々政孝氏はプログラミング言語処理系の実装技術,特にコンパイラの基礎技術全般について,広範な研究を遂行したことで知られている.1980年代から90年代にかけては構文解析器,及び意味解析器の記述体系を中心に研究を実施した.このなかで構文解析器,意味解析器,コード生成器に加えて,デバッガやテスト生成器等の周辺ツールを属性文法を用いて記述するプロジェクトを推進し,その過程で多くの有用なソフトウェアが産まれた.2000年代にはコンパイラ・インフラストラクチャCOINSの中心開発者のひとりとして設計にあたり,主に静的単一代入形式を用いた新しい最適化手法を考案した.さらに,時相論理を用いて最適化器を記述する体系を提案するとともに,人が作成した最適化器の動作の正しさを時相論理等を用いて検証する研究を手掛けた.研究対象はコンパイラ実装のほぼすべての層に及び,その内容も記述の定式化,新しいアルゴリズムを用いた実装技術の提案,そして検証に及ぶ.氏が執筆した「プログラミング言語処理系」(岩波書店刊)はコンパイラ技術を体系的に紹介する優れた教科書として知られている.このように氏はコンパイラ研究をリードすると同時に,コンパイラの広範な技術を分かり易い文章で噛み砕き,研究開発コミュニティに対し顕著な貢献を果してきた.よって,日本ソフトウェア科学会は佐々政孝氏に基礎研究賞を授与することとした.出典
[1] Fang, L. and Sassa, M. (2007). Generating Java compiler optimizers using bidirectional CTL. Electronic Notes in Theoretical Computer Science, 190(4), 49-63.
[2] Sassa, M., Nakaya, T., Kohama, M., Fukuoka, T., and Takahashi, M. (2003). Static single assignment form in the COINS compiler infrastructure. Proc. SSGRR 2003w.
[3] Sassa, M. (1990, October). Rie and jun: Towards the generation of all compiler phases. In International Workshop on Compiler Construction (pp. 56-70). Springer, Berlin, Heidelberg.
[4] Sassa, M., Ishizuka, H., and Nakata, I. (1987). ECLR-attributed grammars: a practical class of LR-attributed grammars.Information processing letters, 24(1), 31-41.
後藤真孝氏(国立研究開発法人 産業技術総合研究所)
授賞業績: 音楽情報処理に関する研究
授賞理由
後藤真孝氏は,音楽情報処理における第一人者である.1990年代から音楽情報処理の研究を牽引し,「ビート検出」「メロディ推定」「サビ検出」「音源分離」「類似曲検索」など,確かな信号処理技術・統計処理技術に裏打ちされた斬新なシステムの提案を続けている.また,音楽情報処理研究を進める上で必要となる大規模データベース(RWC研究用音楽データベース)の構築など分野全体の研究環境の向上にも務めた.近年では「歌声情報処理」という概念を打ち出し,合成歌唱技術の更なる高度化を目指して,「ぼかりす」「ぼかうお」など最先端のシステムを続々と発表している.さらに,開発した技術を論文発表するだけでなく,Webサービスなどを通じて一般ユーザに広く開放し,UGC(ユーザ生成コンテンツ)全体の底上げを目指して幅広い活動を続けている.それらと平行して,「音声補完」「音声スポッタ」など,旧来の「音声認識」の枠組みを超え,音声を用いた独創的なインタラクション手法も提案して貢献した.その上,情報処理学会誌解説の一般販売売り切れと星雲賞受賞,一般向けの各種解説記事・講演など,学術界の一般社会への理解度を高めるための活動にも努めた.以上のように後藤氏は,音楽情報処理研究での先導的役割,研究分野全体の活性化,一般社会への研究成果のアピールなど,多方面にわたって顕著な貢献を遂げている.よって,日本ソフトウェア科学会は後藤氏に基礎研究賞を授与することとした.正式なものに更新しました(2017年9月12日).