表彰等

2015年度基礎研究賞

2015年度基礎研究賞の授与について

加藤 和彦

日本ソフトウェア科学会は,ソフトウェア科学分野の基礎研究において顕著な業績を挙げられた研究者に対して基礎研究賞を授与し,その功績を称える制度を 2008年度に設けました.基礎研究賞は毎年2件程度の業績を選定し,主要な貢献のあった研究者に賞状および副賞を授与するものです.第8回にあたる2015年度は,2016年3月8日に開催された基礎研究賞選定委員会の審議結果を受け,同年3月10日の役員会において,2件の研究に基礎研究賞を授与することを決定いたしました.

選定委員会の構成は以下の通りです.

加藤和彦(理事長),田中二郎(編集委員長),
大沢英一,小林直樹,廣津登志夫,二木厚吉,丸山宏
 

胡振江氏(国立情報学研究所)

授賞業績: 双方向変換言語とその応用に関する研究
授賞理由
双方向変換とは,ソースデータをターゲットデータに変換した後,ターゲットデータ上の更新を ソースデータに反映させることが可能な計算の枠組であり,データ同期,システム相互運用, 進化的ソフトウェア開発の新しい手法として近年注目を集めている.胡氏らは,複製という構造を双方向変換言語に導入し,一貫性を保証する双方向変換を構成的に構築するための理論的枠組を与えた.この成果により,双方向変換の言語的基盤技術が確立され,これまで扱えなかった制約を持つデータを双方向変換の対象とすることが可能となり,双方向変換言語の適用範囲が大きく広がることとなった.
この研究に代表されるように,胡氏は双方向変換の研究で主導的な役割を果たしており,国際的にも高く評価されている.文献[1] は,複製を双方向変換言語に導入した論文であり,この分野の基礎の一部となっている.文献[2] は,グラフ変換の双方向化に関する世界で初の論文である.プログラミング言語分野における最高峰の国際会議の一つであるICFP 2010で発表され,ICFP 2010における発表論文の中で,現在 被引用数の最も多い論文の一つである.文献[3] は,双方向変換を進化的なソフトウェア開発に応用可能で あることを示しており,ソフトウェア工学の分野で最高峰の国際会議であるICSE 2012で発表された.文献[4]は,形式手法に関する最高峰の国際会議であるFM 2014での基調講演として,双方向変換言語の設計と検証に関する研究成果を紹介したものである.
胡氏は,双方向変換に関する世界初となる国際集会(双方向変換に関するGRACE 会議,湘南国際村,2008 年12 月) を日本で主催したことをはじめ,国際ワークショップやサマースクールなどを通じて,双方向変換の研究分野の確立とコミュニティの形成に大きく貢献している.さらに同氏は,多くの学術的貢献を行ってきただけでなく,数多くの一流の国際会議のプログラム委員を務めるなど, 広く計算機科学分野の研究の発展に尽力している.
よって,日本ソフトウェア科学会は,胡振江氏に基礎研究賞を授与することとした.

出典
[1] Zhenjiang Hu, Shin-Cheng Mu, Masato Takeichi: A Programmable Editor for Developing Structured Documents based on Bidirectional Transformations, Higher-Order and Symbolic Computation (HOSC), Vol. 21, No. 1-2, pp.89-118, 2008.
[2] Soichiro Hidaka, Zhenjiang Hu, Kazuhiro Inaba, Hiroyuki Kato, Keisuke Nakano, Kazutaka Matsuda: Bidirectionalizing Graph Transformations, 15th ACM SIGPLAN International Conference on Functional Programming (ICFP 2010), pp.205-216, 2010.
[3] Yijun Yu, Yu Lin, Zhenjiang Hu, Soichiro Hidaka, Hiroyuki Kato, Lionel Montrieux: Maintaining Invariant Traceability through Bidirectional Transformations, 34th International Conference on Software Engineering (ICSE 2012), pp.540-550, 2012.
[4] Zhenjiang Hu, Hugo Pacheco, Sebastian Fischer: Validity Checking of Putback Transformations in Bidirectional Programming (Invited Paper), 19th Interntional Symposium on Formal Methods (FM 2014), pp.1-15, 2014.

 

河野健二氏(慶應義塾大学)

授賞業績: オペレーティングシステムおよびシステムソフトウェアにおける一連の研究
授賞理由
河野健二氏は,オペレーティングシステムおよびシステムソフトウェア研究における幅広い分野において多くの優れた功績を上げている.Remote Procedure Call/Remote Method Invocation(RPC/RMI: 異なるプロセス間・マシン間での手続き・メソッド呼出)に 関する研究においては,データ送受信時に必要となるデータ変換(シリアライズ)のオーバーヘッドを動的スペシャリゼーション(プログラムの実行時にコードを修正し最適化すること)の手法を用いて大幅に削減することを可能にするなど優れた成果を上げた.またネットワークからダウンロードしたプログラムの安全性をオペレーティングシステムレベルで保証する手法の研究においては,安全性を確保しつつ性能も犠牲にしない方法として,細粒度保護ドメインと呼ばれる手法を提案するなど先進的で優れた成果を上げた.更には,仮想マシンモニタ技術(実際の計算機上にソフトウェアで仮想的な計算機を再現する技術)の分野の研究において,仮想マシンモニタを用いてシステムのセキュリティ・信頼性・ディペンダビリティ等を向上する種々の手法や,システムの資源管理ポリシーを制御する手法など非常に多岐にわたる成果を上げている.
よって,日本ソフトウェア科学会は河野健二氏に基礎研究賞を授与することとした.

出典
[1] Kono, K. and Masuda, T.: Efficient RMI: Dynamic Specialization of Object Serialization, International Conference on Distributed Computing Systems (ICDCS), 2000, pp.308-315.
[2] Takahashi, M., Kono, K., and Masuda, T.: Efficient Kernel Support of Fine-Grained Protection Domains for Mobile Code, International Conference on Distributed Computing Systems (ICDCS), 1999, pp.64-73.
[3] Yamada, H. and Kono, K.: FoxyTechnique: Tricking Operating System Policies with a Virtual Machine Monitor, International Conference on Virtual Execution Environments (VEE), 2007, pp. 55-64.
[4] Yamada, H. and Kono, K.: Introducing New Resource Management Policies using a Virtual Machine Monitor, IPSJ Trans. on Advanced Computing System, Vol. 1, No. 1(2008), pp. 144-159.
[5] Yamada, H. and Kono, K.: Traveling Forward in Time to Newer Operating Systems using ShadowReboot, International Conference on Virtual Execution Environments (VEE),2013, pp. 121-130.
[6] Yamakita, K., Yamada, H., and Kono, K.: Phase-based Reboot: Reusing Operating System Execution Phases for Cheap Reboot-based Recovery, International Conference on Dependable Systems and Networks (DSN), 2011, pp. 169-180.