表彰等
2011年度基礎研究賞
2011年度基礎研究賞の授与について
理事長 柴山 悦哉
日本ソフトウェア科学会は,ソフトウェア科学分野の基礎研究において顕著な業績を挙げられた研究者に対して基礎研究賞を授与し,その功績を称える制度を2008年度に設けました.基礎研究賞は毎年2件程度の業績を選定し,主要な貢献のあった研究者に賞状および副賞を授与するものです.第4回にあたる2011年度は,2012年2月24日に開催された基礎研究賞選定委員会の審議結果を受け,同年3月15日の役員会において,2件の研究に基礎研究賞を授与することを決定いたしました.
選定委員会の構成は以下の通りです.
柴山 悦哉(理事長),本位田 真一(編集委員長)
大沢 英一,大堀 淳,砂原 秀樹,田中 二郎,中島 達夫
上田 和紀 氏 (早稲田大学理工学院)
授賞業績: 並行論理プログラミングに関する研究
授賞理由:
上田氏は,1980年代に知識情報処理を並列計算機上で効率的に実現することをめざした第五世代コンピュータプロジェクトにおいて,論理型言語に並行性を導入するという当時各国で模索されていた課題に取り組んだ.そして,既存の並行論理型言語の理論・実装面における課題を克服する新しい言語GHC(Guarded Horn Clauses)を設計した.
GHCはHorn節にガードを追加しただけの単純な構文でありながら,サスペンド規則を用いた巧みな意味定義により,効率的な並列実行が可能である.また,単純化された意味論は従来のものに比べ並行論理型言語の核心を簡潔に示すもので,その基本概念はその後多くの後継言語や並行制約計算等の計算モデルに引き継がれている.GHCの言語設計に関する研究成果は現在まで100編以上の論文や著作で引用され(citeseerx.ist.psu.eduによる),国内外で高く評価されている.
その後も氏は,並行論理プログラミング分野の発展に大きく貢献する研究を続けている.2000年代からは,並行論理プログラミングや並行制約プログラミング等の並行計算を,階層的多重集合の書き換えにもとづき統一した言語モデルであるLMNtalの設計とその処理系・検証系の開発に取り組み,この分野の新たな展開を主導している.
よって,日本ソフトウェア科学会は上田和紀氏に基礎研究賞を授与することとした.
出典:
Ueda, K.: Guarded Horn Clauses, Logic Programming '85, Proceedings of the 4th Conference, Wada, E. (ed.), LNCS 221, Springer, 1986, pp.168-179.
横尾 真 氏(九州大学大学院システム情報学研究科)
授賞業績: 分散制約充足問題に関する先駆的研究
授賞理由:
マルチエージェントシステムとは,エージェントと呼ばれる複数の自律的な主体 (例えば知的なプログラム及び人間) の相互作用に関する研究分野である.複数のエージェントが同じ環境に存在する場合,これらのエージェントの行動の間には,共有する資源の制限等に起因する制約条件が存在することが通例である.分散制約充足問題は,エージェント間の制約を満足する行動の組合せを発見する問題である.
横尾氏は,分散制約充足問題に関する研究の創始者であり,従来,独立に解かれてきたマルチエージェントシステムの様々な応用問題が,この統一的な枠組で表現できることを示した.また,複数のエージェントが協調して分散制約充足問題を解く,様々な分散アルゴリズムの提案を行った.
Google Scholarによれば,分散制約充足問題に関する氏の主要な10編の論文に対して合計2757件(最多被引用論文で611件)の引用が存在する.上記の引用元には,米国防省防衛高等研究企画庁(DARPA),米航空宇宙局 (NASA), マイクロソフト等があり,分散されたセンサのネットワークによる監視網,宇宙船間の協調プランニング,複数プログラム間の排他制御等への応用が示されている.横尾氏の先駆的な研究をきっかけとして,分散制約充足問題の研究コミュニティは国際的に拡大している.
よって,日本ソフトウェア科学会は横尾真氏に基礎研究賞を授与することとした.